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今年は桜がいい時期に満開を迎えて、
僕は例年になくたくさんの桜を楽しめています。
今これを書いてる深夜は生憎の雨で、
早咲きの桜なんかは散ってしまうんじゃないかと思うと少しだけ残念な気持ちになります。
大勢でワイワイとブルーシート敷いてやるようなお花見はもう随分とご無沙汰してますが、
桜に託けてただ呑みたいだけじゃんみたいなのが無くただいつもの道や街がポッと色付くのがいいなぁと思えるだけで嬉しくなるもんです。
(これじゃまるで年寄りだな…)



3月、たくさんではないけれどソロを始めLLamaやゆーきゃんなど、色々な所でいろんな人の前でライブさせてもらいました。

そして、自宅にて弾き語りのレコーディングも行いました。

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もうかれこれ何年だろうか様々な現場で一緒に音出したり音録ってもらったりしている、玄ちゃんこと田辺玄(WATERWATERCAMEL)に山梨から京都まで機材と共にわざわざ来てもらって、
「普段の、家でギターを爪弾いたりボソッと歌ったりしている、日常が染み付いた環境と音を録ろう」
というコンセプトの元、自宅居間に機材を持ち込んでのレコーディングとなりました。

DSDレコーディングという方式?手法?での録音ということで、
詳しくはさっぱりわからんのですけど、PCを使わずにレコーダーのボタンを玄ちゃんがポンって押して録るので、
なんだか昔のMTRで録音していたことを思い出したりしながら楽しくリラックスしながら録音は進みました。

自分なんかには勿体無いくらいの良い機材と方法と、長年の付き合いで僕のことを僕自身では判断出来きれない部分までも理解してくれている腕の立つエンジニアと共に、
しかも自分の家のソファーで(今このブログもそのソファーで寝っ転がって打ってる)とか、
お前どんだけ不精もんで贅沢なんだよと方々からお叱りを受けそうなんですが、

飾らない、後で聞き返したら恥ずかしいような裸に近い歌が録れました。

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とはいえ、録ったものはレコーダーに入っててまだ僕はプレイバックしてません。。
録音以降のことは玄ちゃんやその他諸々の関わる人々に完全に丸投げしていくスタイルを今回は取るとのことで、
完成は早くても夏頃、どんな形で何曲でとかまだお知らせする段階ではないのであれですが、
僕もどんな風にお届けできるのだろうかと他人事のように楽しみにしています。笑

僕に預けて任せていては、いつまで経ってもリリースなんか出来ないとの玄Pの判断なのでしょう。。まぁ、ぐうの音も出ないですが。。

しかしまぁ録れました。ひとまず。

実は昨年の5月に、山梨は甲府にある玄ちゃんのスタジオキャメルハウスでソロ用の録音に行ってまして、ギター、唄、ドラム、曲によってはベースも、全て1人で録音して、最終的には弾き語りでなくひとり人力バンドサウンドでアルバムを作ろうと意気込んでいたのですが、
録り終えたラフテイク聴きながらこの後どんな風にしようか考えをこねくり回していたらあっという間に時は過ぎてしまい、というか悩んでしまって、時間も上手く作れなくて、もっと早い段階でパシャシャーっと録ってしまえばよかったと後から思ったりもしましたが、
そんなこんなでどうしようかと玄Pに相談したら、
ひとまずそのテイクは全て残しておくとして一旦弾き語りを録ろう、
そしてそれは"ひとつの作品"としてというよりも、日記のようなその時の自分の"記録"として残そう、と。
ひとつの作品の完成を目指して作り上げることよりまず、
ありのままの、普段ライブで出しているような弄りようのない空気感と温度を捕まえようと。

なので、今回自宅で録音した弾き語りは、僕にとっては何年越しかの音源になるけども、
作品ではなく、その時を唄で切り取った記録としての音源になります。

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玄ちゃんの、目に見えない、楽譜では書き記せない、浮遊する音に含まれる音楽的なもの以外の成分を、まるで耳というより鼻で探すみたいにしてそれらを捕まえていく能力には、何度も彼の下で録音に関わってる僕からしたら本当にすごい能力で、何かの精霊なのではないかと思えるほどです。

長々となりましたが、乞うご期待です。




そして、
今後、このブログを引っ越しさせようかなぁとぼんやり考えています。

noteとか、ありますよね。
そこに、ブログだったり新曲だったり、はたまたポッドキャスト的な自分の番組なんかも配信したりしたいなぁと考えています。

自分が伝えたいことや感じたこと、
それらをネットを使ってみなさんと共有したりするのに、
文字媒体だけではなかなか上手に伝えきれないものがあります。

腐ってもミュージシャンなんだから、
ネット上でぶつくさ呟いたりたらたら文章書いてないで曲書いて唄でコミュニケーション取りなさいな!
と思わなくもないんですが、

自分の何気ない気づきや高ぶり、移ろいや喜びといったものって、別にわざわざ人と共有させる必要もないことなんですけど、
それを人が知ることで、その人のなかでまた何かの気づきや高ぶりが生まれたり、移ろいや喜びが繋がっていったりするのならそれって良いことしゃないですか。

で、それってのは鮮度・温度感がすごく大事で。

それらを捕まえてその場で感じて触ってもらうのに、文字ばっかりではなかなか伝えたいことをお届けするのにハードルが高いと思いました。
あくまで僕にはということですが。

なので、文字だけじゃないいろんなメディアで僕のことや僕に関わる人や物のことを伝えて行けたらとの思いから、引っ越ししてみようかなと思っています。
また具体的になればこの場でもTwitterでもFacebookでも、お知らせしようと思います。

また引き続きよろしくお願いします。

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いろんな感情がひっちゃかめっちゃかでひとりで騒がしくしているばかりなもんで、
もっと集中しなければ!
とか思いながらも、
余計な夜更かししてとりあえず今季の大事なアニメ見たりして心震わせつつ落ち着かせ、
ひとに向き合い、音に向き合い、
ダメだし食らいながら食らいついて、
一刻も早く、自分の音源持って方々にご挨拶に伺いたいなと。

とにかくです。
今週末は大一番があるので、身体だけ壊さんように過ごします。


長々となりましたが駄文にお付き合いくださりありがとうございます。


皆さんも良いお花見を。




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by sistelick | 2016-04-04 02:52 | 小言
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「リッキーさぁ、マジぶっこんでったほうがいいよ、おっきぃとこ、だっていつ何が起こってできなくなるかわかんないじゃん、」


これからこの先自分が自分自身に出来ることは思っているよりそう多くはない。

そして、誰かに出来ることなんてその半分以下だと思う。

常々、誰かの為に生きねばと思いながらも、そんなに役には立たず、
よっしゃ、自分の為にいっちょがんばるぞ!
となっても、誰かの為の役割が急に増えて、自分の時間の犠牲にせざるをえなかったり。


まぁそんなことは本当どうでもいいことなのだってことは昨日よくわかった。


素直に思ったことを思った通りに、もちろん、その素直さの後ろには限りない愛情と規範やモラルなどではない良心があり、その思った通りに動き、考え、話し、伝えあうことを、懸命に、諦めず、続けていくことで、やがてそれは大きな力になるのだということ。


神々に護られた山の頂で、今日は祈りを捧げた。


人が何故祈るのか。
実体の無いものに、自らの際限なく膨らんだ切実な思いを託すのか。


理由はとても簡単なんだとわかった。



さぁて、後悔しないように、みんなみたいにがんばるぞ!
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by sistelick | 2014-06-02 20:50 | 小言
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あけましておめでとうございます。

2014年もどうぞよろしくお願いします。

と、三が日を過ぎてからの新年の挨拶ということで少々遅れをとってしまいましたが、皆様方いかがお過ごしでしょうか。


今年は年越を静かに自宅でひとり、久しぶりに「ゆく年くる年」を観ながら迎え、直様風呂に入り、バリカンで頭を丸め、温まった身体で氏神のある大将軍八神社に初詣に参りました。

カウントダウンやワイワイとした空気から遠ざかって、したらば雑煮やおせちとも遠ざかってしまったけども、一年の計は元旦にありということで、慣れないPCでのデモ作り(まだ慣れてへんのかいな)を黙々とやり、初日の出を迎えそうな手前で寝落ちして、元日は半分寝過ごしてしまいました。。

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昨年は前に述べた通り、アップダウン激しく、しかし確実に実り多き1年となりました。

どう考えても周りにいる人達の力であり、僕はそのおこぼれにあずかりながらなんとかやってこれたわけで、そんなことはもう何年も前からそんな感じでたくさんの方々に生かされてきているわけですが、
主体性を持ち自ら進んで道を拓いていくことをちゃんとしなきゃと思いつつも、力及ばずで我がバンド・シスターテイルは解散してしまいました。



今年の目標は、もうまどろっこしいことはいいません。


「自分の音源を作ること」


もうそれだけです。

そのために必要な全ての為に時間と労力を注ぎます。

今年結成10周年を迎えたLLamaも、引き続きドラマーとしてやっていきますし、昨年にセカンドもリリースしたYeYeのサポートも続けます。
その他のサポートドラマーとしての活動もやめません。


が、一昨年や昨年ほどのペースではもうやりません。


自分がこれまで築いてきたもの、そのうちここ近年で僕を認知して下さった方々からするとドラマーとしての僕を見て下さった方が多数だと思います。

身近な先輩にも言われました。

「別にそっち(ドラム)でがんばってたらええのに、なんでわざわざ茨の道行っちゃうのかなぁ」と。

確かにそのとおりなんです。

僕の優柔不断でお人好しで中途半端な性格が災いして、1番大事にしたいと常々言っているフロントマンとしての活動を疎かにしてきました。
結果、自身のバンドは解散せざるを得なくなった。

僕はドラマーとして腕が立つわけでは決してないです。
てか、どちらかといえばヘタです。

事実、波長が合う、もしくは僕のこの締まりのないリズムというのを物好きなのかそれをわかってくれている人としかやってませんし。

昨年、歌うことで得たものもたくさんありましたが、自身のことを後回しにし過ぎた為にたくさんの失敗も重ねてしまいました。

人の後ろで、気ぃ良くリズム刻んでるだけの活動でも、音楽出来てんならそれでいいんじゃないかと、自分でもそう思わせるように自問自答したことも少しありました。


しっかりやりたいという思いとは裏腹に、集客も曲作りも出来ず、自信はことごとくガラガラと音を立てて崩れてしまいました。


できない約束を何年も重ねて、他人も自分も裏切り続けて、期待してくれていた人の数も目に見えて減り続けて、そこまでしてなんでやらなきゃいけないのか、
ここまで書いている今の自分自身ですらよくわからなるほどです。


それでも歌いたいことがあるんや!

ということでもないですし、

歌うことが何よりも好きだ!

ということでもない。



じゃあなんなんのよ、と。

10年バンド続けて新曲作りすらちっとも進まなかったし、結果だけでみたらコールド負けどころの話じゃねえぞってなもんですし。






わからないんです。


未だに。


自分自身を音楽に投影していくなら、歌でなくてもいいのかもしれない。


実際、ドラマーやパーカッションやその他諸々でやっていることの根底にあるものと、ギター弾いて歌ってることの根っこにあるのは、厳密に言えばちょっと違うんだけども、ほぼ同じ。


僕のドラムは、
歌っている人が歌にしてアウトプットしているもの(まぁそれ普通に「歌」でよくね?とも思いますが)に、例えば「あーよいしょっ!」とか合いの手入れたりだとか、ハモってみたりだとか、そういうことをしてるだけのものです。

だから、とても楽なんです。

楽しいですよ。


でも、生きてて、いろんなことに気がつくじゃないですか。
気がつかなくてもいいことまで余計に。

どれだけ楽しいことだけ拾い集めて他の事に目を瞑って生きていこうとしても、どういうわけかついて回るものってあるじゃないですか。


それって、年を重ねれば重ねるほど、言葉にならないものとして蓄積されていくんです。

誰にどう説明しようったって、言葉にまずならんのだからどうしようもないんです。



話は少しそれますが、
「哀愁がたちこめる」
なんていう表現があるでしょ。

少年漫画でいう「闘気」みたいなものでしょうか、背中から立ち昇る湯気のように、男が背中で語る的なアレ。

艱難辛苦潜り抜けて、越えてきたものだけが纏うオーラというか。



歌、ってまさにそれですよね。



僕は自分自身で苦労してきたという自負は欠片もない(実際ほんとにそうだと思うし、そういうことから逃げてきたから今ある意味苦労はしてるけども)から、スカウターで測ってもその辺の虫くらいの数値しか出なさそうですが、
人一倍臆病で神経が細いぶん、感じたり考えたりすることは人より余計にしてて、言葉にうまく言い表せないものは自分なりにたくさんあるつもりです。

それは、苦しんだとか悲しんだとか、そういうものともまた違うものも多分に含まれていて、例えば僕に絵の才能があったとして、その心象を描けるならば、その絵はとても面白い絵になるような気がするんです。


自分は少なからず音楽に身も心も浸している身分で、
それをどうにかして形作ることをしないと、
果たしてそれが気持ち良くないことだったとしても、
もっと言えば地獄のような心地を自らにもたらすものだとしても、


生きている意味がないんです。

たぶん。


たぶん、と付け加えたのは、なんだかんだ薄情に出来ているので、生きていくだけのことならそれなりにしれっとやって行きそな自分が透けて見えたりする、
ようはあまり自分を信用してないという意味があるんですが。。




どれだけの価値があるかなんて、この際どうでもいいんだとおもいます。

目も当てられないような結末が待っているということも容易に想像できますし。


だって、わからないんだもの。


それでも、そうするって、何故か決めてしまっているし、具体的な約束もしちゃってる。


あ、大事なこと言い忘れてました。



歌うことで今までに繋がってきた人達のことを僕はとても信頼していて、何より、その人達からの後押しは自分にかなりの励みになったり、勇気になったりしてる。

自分にとってのアウトプットの方法が実は歌うことではなかったと後で思ったとしても、今ある自分の持ってる頼りないけど使えるカードで、まずは歌うことかな、そいつで目一杯やってみようという気持ちにさせてくれたことに、とても感謝しています。



少し、わがままにがんばらせてください。


今までもたいがいでしたでしょうけど、
なんとか聞きごたえのある音源をこしらえてみたいと思います。




ライブが少なくなってきたら、web上で何かしらの形で聞いてもらえるように、工夫してみます。



どんな音楽になるか、そんな大それたもんが出来るわけじゃないでしょうけど、
精一杯やってみます。


ごくわずかかもしれませんが、シスターテイルの頃より音源化を待っていてくれている人がもしいてくれてるならば、
その人達にまずちゃんと聴いてもらいたいです。

お待たせしてすみません。



生きている意味を見出すために歌をうたうわけではないんですけど、
なんとなく、
鼻持ちならない自分のことだけど、
歌うことで獲得した目線、
これだけは自分を信じてあげられる気がするんです。

それを見聞きする彼・彼女たちにとってはどんな風にうつるか、はまた別の話として。




映像も併せて作りたいし、デザインも決めていきたいけど、まだなんにも決まってないです。


業務連絡風になりますが、また何かしら相談するかもです。
あちらこちら。


その時は、嫌がらずに話しだけも聞いてくださいね。









結局、駄文乱文長文ちんぷんかんぷんなブログ初めとなってしまいましたが、

基本、健康に気を配り、
僕にとっても皆さんにとっても、
幸多い1年でありますように。


ではまた。


せのお りっきぃ




※TOP画は、午年にちなんでUMA的な
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by sistelick | 2014-01-04 02:53 | 小言
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今年もあと5時間ほどです。

今年は昨年同様にたくさんのことがありました。
あっという間でした。

出会いあり別れあり。

なんというか、着実に実をむすんでいる実感と、失ってしまってどうしようもない感覚が入り混じった、そして、まだこの大きな流れは年を跨いで続く予定で、昨年の年末に比べたら、まだ何か納めた感じがありません。


そしてこの大晦日に、とても影響を受けた音楽人の訃報を聞いたりと、まだまだ未来に何かを少しでも残すために時間はそんなに残されてないなぁとしみじみしながら、今はPCの前に座り、慣れない作業をやりながら、合間にテレビをみて過ごしております。

二ジム、サンデー開始
ゆーきゃんの東北ツアー
YeYeのレコーディング
TurntableFilmsとのライブ
喫茶GABORオープン
KBSホールでの体験
YeYeのリリース
シスターテイルの解散
高知ツアー
たくさんの方達との共演・演奏
身体壊したり怪我したり
支えられたり
失ったり
そして園部くんの録音したり
迷惑をかけ
お世話になり
また来年も引き続き宜しくといって具合でしょうか


来年、ようやく自分の核となる唄での録音を開始出来そうです。

今もその為の作業をしています。

ドラムもやります。
でも今までよりは少し減るかな。

本当にたくさんの刺激を受けた1年でした。
僕にとっては雲の上のような存在だと思えた方たちとも出会えたり、
ずっと好きだった方達にお褒めいただいたり、
過去にみないほどに喜ばしいことの多い一年でした。


来年はその刺激をうまく形にして、皆様の元にお届けできればと思います。


まずは、先日録音に参加した
高知の「園部信教」くんの新しいアルバムが来年のどこかで発売されますが、
まだ完成していないものなのに断言するのは変なんですけど、
本当に100%良いと言ってもらえる自信があります。
なのでまずはそちらの発売を楽しみにしてください。





そして、YeYeバンドの1年でした。


そのフィナーレを、来年1月12日に京都MUSEHALLにて行います。

YeYeが、
ソロシンガーでありながらバンドとしてセカンドアルバムを作ろうとしてくれて、僕も参加させてもらい、
たくさんのライブをして、
僕はこないだは怪我をしてかなり迷惑かけちゃったけど、
身も心も擦り削りながら、
小さな少女のような才女がこの1年でたどりついた境地は、
まだ道半ばではあるにせよ、
彼女の同世代のミュージシャン達の
誰よりも面白く
ソリッドな世界であり、
そしてとても愛おしく豊かな目線をも獲得し、
そのYeYeのこの1年の全てを皆様に観て感じてもらうために、
1/12は特別な日にさせるつもりでいます。


彼女が本当に凄いのは、揺るがない芯の太さと、圧倒的な愛情なのです。

1/12は京都MUSEでお待ちしてます。



そしてさらに。

ゆーきゃんが長年拠点としてきた京都を離れ、地元に帰ると。

理由は知っていますが、ポジティヴにこれは仕方のないことであるし、寂しくはなるけど、必ずまたともにステージに立って、少なくなっても曲をしたため続けてくれるだろうし、また音もいっしょに録れると思っています。
なので、離れはするけど、今生の別みたいな気持ちは全然ありません。

でも、ゆーきゃんバンドセットとして僕が関われたことは、僕自身の人生にとってはとてもとても大きな意味と意義をもたらしてくれました。

そしてやはり今までゆーきゃんとスタジオに入ったことが1度もないままになってしまった。。笑

ライブとレコーディングしかしてないなんて。不思議です。


ゆーきゃん、ありがとう。

今度は僕がやっとこさ音源つくります。

まず誰よりも聴いてもらいたいです。








高知の風を思い出し、小淵沢の山々を思い出し、いろんな顔を思い出しながら、ゆっくりと年を越そうと思います。


珈琲でもいれようかな。


今年もありがとうございました。


どうか良いお年をお迎えください。


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by sistelick | 2013-12-31 19:01 | 小言
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簡潔にいえば、身の回りの、ごくごく小さな、自分に今できることだけを少しずつ摘み取るので精一杯の毎日を過ごしています。

そしてSNSが本当に疲れる。

職業柄なかなか辞められないと思ってしまうけど。

可及的速やかに全て辞めたい。


嫌なら見なければいいし、なるべく見ないけど、そういうわけにもいかないこともあるし。


テレビはすでにもう観なくなったし、ネットサーフも随分減った。


自分の人間としての致命的な欠陥を埋めるにはまず人に会わねば始まらず、それを避けては何もかもが鈍化する一方で、
しかしたくさんの関わりのある友人や知人や恩人様達に序列などなく、並行してたくさんの人達と会わねば示しがつかないのだが、
それをすると、脳内の線が焼け焦げてしまう。

会いたいのに会えない。
こちら側のしょうもない都合で。

会いたいのに会えないとか震えとけよってなもんですが、ひとまず、
一通り楽器は触れるようになりました。

ライブできる。

しかし、歌うことが出来ない。


出来ないというのは物理的なことではく、心因ですが。

其れ相応に準備を要します。


DTMという慣れない作業が今の僕には救いなんですが、
それもまたじきに皆様にお届けできるようになれたらと思います。

音楽は偉大です。

人様の愛情もまた偉大です。


どちらも、自分には畏れ多いものです。


時間かかっても少しずつ、恩を返せるように、
もう手遅れかもしれないし、
気にも留めてないかもしれないし、
呆れられ、許されることもないかもしれないですが、
驕らず、腐らず、無理はせず、
少しずつ進みます。


正しいことかどうかよりも、出来ないことはもうしない。

それしかできないんならもう今はそれだけで。

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by sistelick | 2013-11-26 03:43 | 小言
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心身疲れ果てた街中の路傍で、こんなに心奪われる歌に出くわすなんて想像だにしなかった。

痺れた。
酔えた。
癒されて、止まった。

お初にお目にかかるのに、知らないワケがないほど共通の知人だらけで、
同じように耳が止まった先客2人がいたのだが、
その彼女達も終始ご機嫌で彼の唄をきいていたのだけど、
彼女達は良く話すと北京と台北の旅行者だった。
彼女達もまたゲストハウス先で出会った新しい友達関係で、
台北の子のほうはマドラグでタマゴサンドを食べていて、ガボールのことを知っていた。
台北の子のセンスに脱帽した。
そして、北京の子は名前が「愛」といった。
唄に聴き入っている彼女の笑顔の純度の高さに、
そして、それらを含めた唄や彼や通りすぎる人や街が全て、
それまでどこかで投げやりになってしまってた自分の何かが反応して、
とてつもなく可能性を感じた。

音楽の源泉は、まさにこういうとこにあるんだと。


無条件で希望がわいた。


僕は彼に高知のことを少し話した。

行きたいと言ってくれた。

そのときふとiPhoneをみたら、僕が撮った彼の写真に高知の恩人からのイイね!が早速付いていた。


そういうものなんだ。






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何処かで休めないといけない。
並の人なら何にも大したことはないことだけど、身体も心も何故かここに来て警笛を鳴らしてる。

先の予定を眺めても、休める隙などないのだ。

さっきまで風呂に浸かっていた。

風呂で眠りそうになってしまったのなんて久々だ。


健康で文化的な社会生活とはなんぞや。


頼りなさすぎて情けない自分から抜け出せないのか、
はたまた案外そこがベスポジとか思ってんじゃないのかとか、


いずれにしても、
現時点で僕はツイてるとは思ってる。


身体は痛いし、心は窮屈で息が苦しくなるのに、思考を巡らせてみたら、結果やっぱり僕は恵まれている、となるのはなんなのか。



そんなもんなんだろう。

良くも悪くも。

永遠に。
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by sistelick | 2013-10-02 03:41 | 小言
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穴が空いている。

どんだけ空気をすこすこ入れても、走り出したら次の交差点を待たずにまたへたり込んで前にすすまない。

また戻ってすこすこ入れる。

さっきよりも多めに入れる。

そんなことしたって無駄だよ、
だって穴が空いてるんだから。

治してもらうんなら逆の道だよ。

でもバカなんだろうな。

わかってんのに見ないふりして、
すこすこすこすこ、
汗かきながら懸命に空気を入れて、
修理屋は進行方向と逆で少し登り坂だからとか、
今日は暑くてしんどいだとか、
そんなくだらない理由で、
また穴の空いたまんまのタイヤで坂を下ろうとする。

さっきより少し遠くに進めたけど、
生憎タイヤは穴が空いている。

仕方なく押して歩く。

歩きがてら、この進行方向の先にどこか腕のいい修理屋はないかと都合のいい考えで探したりするんだけど、
本当は戻ったほうが早いことを知っている。

でも、戻れない。

わかってるのに。


パンパンに張ったタイヤで街を走り抜けたならさぞ気持ちいいだろう。

今かいているその汗も、半分もかかなくて済んだろう。

そもそも、目的地に約束通り到着することが何よりも優先されるべきだろう。


何を惜しんで戻らなかったのか。


時間はかかるし。
手間もかかるし。
身も心も擦り減るし。


無駄の上塗りだ。

これが世に言う「徒労」というものだ。



夜、月がこれでもかと世間様を覗きにやってくる。

あまりの堂々さに少しうっとおしいほど。

公園でコンビニで買ったアイス食いながら、徒労に満ちた日常を省みる、こともしないで、
明日のことばかり考えているんだろう。


気づいたときに、
わかったときに、

それでもなお身体が動かせないのならそれは、

何と言おうか。



ただ一言「愚か」だと、
片づけてしまってもいいものか。


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僕は、とても迷っている。

足りない頭をこねくりまわして、
考える必要のないことまで混ぜ込んで、
挙句、迷っている。


迷い箸している間に、
たくさんの人に迷惑をかけている。


馬鹿らしいからやめたいのに、
言うことをきかない。


もうこんな時間だ。
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by sistelick | 2013-08-20 03:41 | 小言
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祈ってばかりでは埒があかないのです。

透明度と濁りのアンサンブル、どこに混ぜ込むかも大切。

とにかく動かそう。

身体も、心も。


世間や社会、もしくは自身の中にある虚実の比率をなるだけ細かい単位でたたき出して、それを歌や言葉や音に当てはめることが出来たら、それがじぶんにとっての表現になる、と信じてる。




でも、そんなに頭良くないうえにタフさもない。

音楽における気づきも、味覚における発見も、ニュースをみて感じることも、人との些細なやりとりの中で思うことも、そこには説明し難いけど、表裏なのか明暗なのか虚実なのかなんなのか、グラフィクイコライザーで示されるような細かい比率が共通してある。

人生においてプラマイゼロだとか、いいことも悪いこともトントンみたいなことと同じで。



細やかなインプットアウトプットが揃ってそれがうまく吐き出せたときに、救いという概念をもたらすものが産まれるのだと思います。


薄かったりニセモノだと言われるものは全て、チグハグだからなんだと。


でも基本、チグハグにならなきゃおかしい世の中だと思う。

守る、というのは、その自分にしかわからないはずのパラメーターを他の何かにいじられないようにすることなんだと思う。

それが出来ているひとはごく少数だ。


そして、守っているひとは総じて生きるうえでものすごい圧をかけて暮らしている。


尊敬に値する。


シンプルにいきるというのは、フラットに戻すことだと思っていたけど、そうじゃなくて、そのメーターを把握しそれに準ずることなのだと。


とても難しい。


自分でいじろうとしたら、とたんにフリーズするのだから。


人間失格という言葉がよぎって仕方がない。


しかし諦めたってどうしようもない。


時間かけて設定していかなきゃ。



祈ってばかりじゃいられない。


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by sistelick | 2013-08-11 22:32 | 小言
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あつい。

熱がたまっていくばかりで、ちっともすっきりしない。

体力つけなきゃ。
汗をたくさんかかないと。
いや、汗はもうすでにかきまくってるんだけども。


夏になると食べたくなるいろんな冷たいものがあるけど、先日、そんなあついあつい最中に飲んだ熱々のミントティーが意外にもしっくりきた。


おばあちゃんの知恵的なやつ、熱い麦茶に塩入れて飲むだとか、そういう感じかな。


涼をとる、ということを、ちゃんとはっきりとやっていきたい。

冷房とか、好きじゃないのに頼ってしまうあの感じとか、そういうのやめたいんです。

風が吹くとか、水の音とか、そういった「工夫で凌ぐ」ということを正直忘れてしまえるほど便利に涼めてしまう


あちー、めんどくせー、ポチっと。

でも、歳のせいか、その後の身体の怠さのほうが勝ってしまうのです。


とはいえやっぱり、アイス買っちゃう。

アイスは買う。

おいしいし。冷たいし。

問答無用に好き。

夜道川沿いアイス片手に涼むとか、そういうのがいい。


夕方のいちばん暑さがきついときに、喫茶店でアイスコーヒー頼んでひたすらマンガ読むとかもいい。


なんやそれ。


ともかく、夏を嫌がりたくないのです。


前のめりで夏と過ごしたい。


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ちべたくってたまらぬ。
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by sistelick | 2013-06-17 17:38 | 小言
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ここ最近、ブログを更新する頻度がやたらとあがっています。


ある時を境にして、感度がグンと上がったといえばいいのだろうか。

OSの更新があって、受信状況が著しく改善されたというか。

そんな感じ。


相変わらず部屋はグチャグチャで何から始めればいいのか検討もつかないけど、とりあえず捨てる。


穏やかに静かに暮らすことは、あったとしても当分先のそのまた先になるだろうから、ひとまずシンプルな暮らしは手にしたい。

よそよそしく干からびた会話で頼りなく寄り添うことも、生きてればどこかであるだろうけど、自分のせいで他人を不幸に…まぁ不幸とまでは言わなくても、深く悲しませてしまったという経験が胸にある人なら誰だってそんな弱々しいつながりを未来に持とうとはしないだろう。


ネオンのある方へ、人の匂いがする方へ、何かしらの音が転がってる方へ、余計な酒を浴びたり、つまらないことで大声で笑いあったり、翌朝に忘れるようなイイコトをたくさん話したり、その時だけ気になった相手に耳元でわざと危険球をそっと投げてみたり、なんで家に帰りたくないのかよく考えたらわからないんだけど、ともかく生々しいものに触れていたい欲求にかられて、人は街に繰り出すのかなぁとか。

見てられへんなぁと思いながらも、そういうブルースを撒き散らす生活に下戸の僕はどこかで憧れていたのかもしれない。


自分とは違うけれど、それを揶揄したり否定したりするのではなく、そういうものが今ではなんとも愛おしく思えるようになってるから不思議。

大人になってからの
「いろいろあるんだよ」
っていうセリフは、なんとも美しい響き



なんて美しい曲。

眠たい。眠る。
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by sistelick | 2013-06-14 04:54 | 小言