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あけましておめでとうございます。

2014年もどうぞよろしくお願いします。

と、三が日を過ぎてからの新年の挨拶ということで少々遅れをとってしまいましたが、皆様方いかがお過ごしでしょうか。


今年は年越を静かに自宅でひとり、久しぶりに「ゆく年くる年」を観ながら迎え、直様風呂に入り、バリカンで頭を丸め、温まった身体で氏神のある大将軍八神社に初詣に参りました。

カウントダウンやワイワイとした空気から遠ざかって、したらば雑煮やおせちとも遠ざかってしまったけども、一年の計は元旦にありということで、慣れないPCでのデモ作り(まだ慣れてへんのかいな)を黙々とやり、初日の出を迎えそうな手前で寝落ちして、元日は半分寝過ごしてしまいました。。

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昨年は前に述べた通り、アップダウン激しく、しかし確実に実り多き1年となりました。

どう考えても周りにいる人達の力であり、僕はそのおこぼれにあずかりながらなんとかやってこれたわけで、そんなことはもう何年も前からそんな感じでたくさんの方々に生かされてきているわけですが、
主体性を持ち自ら進んで道を拓いていくことをちゃんとしなきゃと思いつつも、力及ばずで我がバンド・シスターテイルは解散してしまいました。



今年の目標は、もうまどろっこしいことはいいません。


「自分の音源を作ること」


もうそれだけです。

そのために必要な全ての為に時間と労力を注ぎます。

今年結成10周年を迎えたLLamaも、引き続きドラマーとしてやっていきますし、昨年にセカンドもリリースしたYeYeのサポートも続けます。
その他のサポートドラマーとしての活動もやめません。


が、一昨年や昨年ほどのペースではもうやりません。


自分がこれまで築いてきたもの、そのうちここ近年で僕を認知して下さった方々からするとドラマーとしての僕を見て下さった方が多数だと思います。

身近な先輩にも言われました。

「別にそっち(ドラム)でがんばってたらええのに、なんでわざわざ茨の道行っちゃうのかなぁ」と。

確かにそのとおりなんです。

僕の優柔不断でお人好しで中途半端な性格が災いして、1番大事にしたいと常々言っているフロントマンとしての活動を疎かにしてきました。
結果、自身のバンドは解散せざるを得なくなった。

僕はドラマーとして腕が立つわけでは決してないです。
てか、どちらかといえばヘタです。

事実、波長が合う、もしくは僕のこの締まりのないリズムというのを物好きなのかそれをわかってくれている人としかやってませんし。

昨年、歌うことで得たものもたくさんありましたが、自身のことを後回しにし過ぎた為にたくさんの失敗も重ねてしまいました。

人の後ろで、気ぃ良くリズム刻んでるだけの活動でも、音楽出来てんならそれでいいんじゃないかと、自分でもそう思わせるように自問自答したことも少しありました。


しっかりやりたいという思いとは裏腹に、集客も曲作りも出来ず、自信はことごとくガラガラと音を立てて崩れてしまいました。


できない約束を何年も重ねて、他人も自分も裏切り続けて、期待してくれていた人の数も目に見えて減り続けて、そこまでしてなんでやらなきゃいけないのか、
ここまで書いている今の自分自身ですらよくわからなるほどです。


それでも歌いたいことがあるんや!

ということでもないですし、

歌うことが何よりも好きだ!

ということでもない。



じゃあなんなんのよ、と。

10年バンド続けて新曲作りすらちっとも進まなかったし、結果だけでみたらコールド負けどころの話じゃねえぞってなもんですし。






わからないんです。


未だに。


自分自身を音楽に投影していくなら、歌でなくてもいいのかもしれない。


実際、ドラマーやパーカッションやその他諸々でやっていることの根底にあるものと、ギター弾いて歌ってることの根っこにあるのは、厳密に言えばちょっと違うんだけども、ほぼ同じ。


僕のドラムは、
歌っている人が歌にしてアウトプットしているもの(まぁそれ普通に「歌」でよくね?とも思いますが)に、例えば「あーよいしょっ!」とか合いの手入れたりだとか、ハモってみたりだとか、そういうことをしてるだけのものです。

だから、とても楽なんです。

楽しいですよ。


でも、生きてて、いろんなことに気がつくじゃないですか。
気がつかなくてもいいことまで余計に。

どれだけ楽しいことだけ拾い集めて他の事に目を瞑って生きていこうとしても、どういうわけかついて回るものってあるじゃないですか。


それって、年を重ねれば重ねるほど、言葉にならないものとして蓄積されていくんです。

誰にどう説明しようったって、言葉にまずならんのだからどうしようもないんです。



話は少しそれますが、
「哀愁がたちこめる」
なんていう表現があるでしょ。

少年漫画でいう「闘気」みたいなものでしょうか、背中から立ち昇る湯気のように、男が背中で語る的なアレ。

艱難辛苦潜り抜けて、越えてきたものだけが纏うオーラというか。



歌、ってまさにそれですよね。



僕は自分自身で苦労してきたという自負は欠片もない(実際ほんとにそうだと思うし、そういうことから逃げてきたから今ある意味苦労はしてるけども)から、スカウターで測ってもその辺の虫くらいの数値しか出なさそうですが、
人一倍臆病で神経が細いぶん、感じたり考えたりすることは人より余計にしてて、言葉にうまく言い表せないものは自分なりにたくさんあるつもりです。

それは、苦しんだとか悲しんだとか、そういうものともまた違うものも多分に含まれていて、例えば僕に絵の才能があったとして、その心象を描けるならば、その絵はとても面白い絵になるような気がするんです。


自分は少なからず音楽に身も心も浸している身分で、
それをどうにかして形作ることをしないと、
果たしてそれが気持ち良くないことだったとしても、
もっと言えば地獄のような心地を自らにもたらすものだとしても、


生きている意味がないんです。

たぶん。


たぶん、と付け加えたのは、なんだかんだ薄情に出来ているので、生きていくだけのことならそれなりにしれっとやって行きそな自分が透けて見えたりする、
ようはあまり自分を信用してないという意味があるんですが。。




どれだけの価値があるかなんて、この際どうでもいいんだとおもいます。

目も当てられないような結末が待っているということも容易に想像できますし。


だって、わからないんだもの。


それでも、そうするって、何故か決めてしまっているし、具体的な約束もしちゃってる。


あ、大事なこと言い忘れてました。



歌うことで今までに繋がってきた人達のことを僕はとても信頼していて、何より、その人達からの後押しは自分にかなりの励みになったり、勇気になったりしてる。

自分にとってのアウトプットの方法が実は歌うことではなかったと後で思ったとしても、今ある自分の持ってる頼りないけど使えるカードで、まずは歌うことかな、そいつで目一杯やってみようという気持ちにさせてくれたことに、とても感謝しています。



少し、わがままにがんばらせてください。


今までもたいがいでしたでしょうけど、
なんとか聞きごたえのある音源をこしらえてみたいと思います。




ライブが少なくなってきたら、web上で何かしらの形で聞いてもらえるように、工夫してみます。



どんな音楽になるか、そんな大それたもんが出来るわけじゃないでしょうけど、
精一杯やってみます。


ごくわずかかもしれませんが、シスターテイルの頃より音源化を待っていてくれている人がもしいてくれてるならば、
その人達にまずちゃんと聴いてもらいたいです。

お待たせしてすみません。



生きている意味を見出すために歌をうたうわけではないんですけど、
なんとなく、
鼻持ちならない自分のことだけど、
歌うことで獲得した目線、
これだけは自分を信じてあげられる気がするんです。

それを見聞きする彼・彼女たちにとってはどんな風にうつるか、はまた別の話として。




映像も併せて作りたいし、デザインも決めていきたいけど、まだなんにも決まってないです。


業務連絡風になりますが、また何かしら相談するかもです。
あちらこちら。


その時は、嫌がらずに話しだけも聞いてくださいね。









結局、駄文乱文長文ちんぷんかんぷんなブログ初めとなってしまいましたが、

基本、健康に気を配り、
僕にとっても皆さんにとっても、
幸多い1年でありますように。


ではまた。


せのお りっきぃ




※TOP画は、午年にちなんでUMA的な
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by sistelick | 2014-01-04 02:53 | 小言